2016年8月25日木曜日

SF/SV, Boston and NY (5)


英バークレイズが取り組むフィンテック企業育成


ロンドンを本拠地とする世界最大の国際金融グループ「バークレイズ」は、50カ国で操業し、総勢13万人の従業員を擁する。
 
同行は、米のトップ・インキュベーター「テックスターズ」と提携し、フィンテック企業特化型のスタートアップ企業育成プログラム「バークレイズ・アクセラレーター」を実施している。両社の役割分担としては、テックスターズは、選抜スタートアップ企業の6%のエクイティを保有し、事業構想面の指導を行う。
 
バークレイズは、エクイティは持たず、選抜企業が開発する新サービスを自行の事業にいかに導入できるか、技術面の課題についての指導を行う。関連する金融規制についての相談にのる。選抜企業は、毎日このような指導を受けながら、経営者、起業家などとのミーティングを重ねて人脈を広げ、力をつけていく。
 
13週間にわたるプログラムの最後には、2つのデモンストレーションを行う。一つ目は、バークレイズの従業員全体に対するデモである。従業員がフィンテックの有用性について知ることができる、よい機会となっている。二つ目は、投資家や、シティなどの他行も参加できるデモである。スタートアップ企業に対し、新たな投資へのアピールをする機会を提供している。このプログラムを通じて、スタートアップ企業の企業価値が160倍になったという統計結果もある。
 
このプログラムに参加できるスタートアップ企業は、世界中から寄せられる応募のなかから選抜される。数百社のうちの約10社である。成果としては、例えば、昨年ニューヨークでの第1期を修了したフィンテック企業11社のうち、バークレイズは実際に8社と契約を結んだ。昨今注目が高まっているビットコインの基盤技術・ブロックチェーンの企業も2社含まれている。そのうちの一つ、ウェイブ(テルアビブ)は、貿易取引記録のソリューションを開発し、低コスト化とセキュリティ向上を実現した。また、もう一つのスタートアップ企業であるショナリシス(ニューヨーク)は、ビットコイン取引のパターンや傾向を分析し、不正取引を見分けるシステムを開発した。同行の金融犯罪・セキュリティチームのほか、インターポールやニューヨーク警察でも導入している。
 
バークレイズは、修了企業に専属的な契約を求めることはない。競合する他行との取引も構わないという。フィンテック企業の成長が最大の目的であり、バークレイズにとっても、新サービス展開の鍵となるからだ。
 
同プログラムは、ロンドン、ニューヨークのほか、アフリカへのアクセス拠点としてケープタウン(南アフリカ)、サイバーセキュリティ技術で知られるテルアビブ(イスラエル)の4カ所で実施されている。
 
 
バークレイズのスタートアップ支援拠点(ニューヨーク)



国際IT財団 http://www.ifit.or.jp
(初出:『生産性新聞』2016.8.25, 2504号)

2016年7月28日木曜日

SF/SV, Boston and NY (4)


ニューヨーク

—ウィーワークが提案する新たな起業コミュニティ—


ニューヨークは、サンフランシスコに次いでスタートアップ企業数やベンチャーキャピタル投資が多い、世界第2位の都市である。都市別でこれらに続くのが英国・ロンドンだが、ニューヨークのおよそ半分の規模と、その差は大きい。

そのニューヨークを本拠地として拡大しているのが共同オフィス賃貸業のウィーワークである。時価総額100億ドルといわれるユニコーン企業で、ニューヨークだけで30拠点、世界で70拠点以上展開している(20163月現在)。毎月5カ所のペースで新拠点をオープンしており、利用者数は、世界中で5万人以上にのぼる。ロンドン、ベルリン、サンパウロ、上海など各都市に進出しており、東京でも開設予定だという。

 ウィーワーク・フルトンセンターは、もともと同社の本拠地で、ニューヨークで最大規模を誇る。ロウアー・マンハッタンのグラウンド・ゼロ近くのビルの10フロアを占める。強烈な活気溢れる通りからひとたび施設に入ると、温かみのある木目を基調とした交流スペースが広がる。同センターの入居者は1700名で、スタートアップ企業はうち2割、それ以外の入居者は大企業のサテライト拠点や、フリーランサー、税理士・法律家など、様々である。地下鉄通勤に便利な立地で、家賃の高いマンハッタンで事務所コストが削減できる。

コスト面もさることながら、同社が他の施設と差別化するポイントは、コミュニティである。個別のオフィスでも間仕切りはガラスで、誰が何をしているかが一目で分かるつくり。キッチンや交流スペースも、入居者同士が交流できる動線になるよう工夫されている。入居者限定のSNSアプリでは様々なコミュニケーションが可能で、例えば自分が作ったロゴについて、メンバーに見てもらいフィードバックを得ることもできる。そのようなことを通じてコミュニティの基盤が出来、大人数になればなるほどネットワークとして向上するという。

同社が進めるインキュベーションもコミュニティが鍵である。フルトンセンターをはじめとする5拠点に「ウィーワーク・ラボ」を開設し、選抜されたスタートアップ企業同士や大企業との共同開発の場を提供、投資家とのマッチングも行っている。クラウドファンディング出身のラボ・マネジャー、アブラモビッチ氏は、「ラボに選抜されるスタートアップ企業の要件として特に重視するのが、コミュニティ意識を共有できるかどうか。初期のスタートアップ企業は悩みも共通なので、ラボを核としたコミュニティで助け合うことで、課題解決と成長につながる」という。いかにコミュニティ全体を向上させていけるか、に腐心しており、施設内を巡る折にも、同氏は絶えずメンバー企業への声掛けを行っていた。
ラボ・マネジャー アブラモビッチ氏(左)
 
 スタッフ体制は、昨年は世界全体で320人ほどであったが、現在1500人と5倍となっている(20163月現在)。毎週数十人を採用しており、その多くをコミュニティ・マネジャーとして各拠点に配置する。不動産専門スタッフもいる。施設設計・デザインは全体的に統一され、ブランドイメージは高い。綿密な事業戦略をベースに、ウィーワーク、すなわち「働く私たち」に焦点を当て、コミュニティという切り口で差別化する。単なる「箱もの」事業を大きく凌駕するソフト面の成長要素が詰まっている。

国際IT財団 http://www.ifit.or.jp
(初出:『生産性新聞』2016.8.5, 2503号)

2016年7月27日水曜日

SF/SV, Boston and NY (3)

ボストン・IoTの発信地に生まれたハードウェア・エコシステム


 ボストンは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)が集積する学術都市である。イノベーション環境が高く評価され、製造業のIoT化へ大転換を図るGEも本社移転を発表。市内中心部はシリコンバレー並みの経済成長を遂げている。

 MITのサンジェイ・サルマ教授は、IoT黎明期の技術「RFID」(ICタグによる個別情報の自動認識システム。流通・製造現場などで導入)の標準化を推進してきた第一人者である。同教授によると、IoTとは技術ではなく、あらゆるものをデザインするボキャブラリー、すなわち語彙力である。IoTによって、あらゆる行動が新たにデザインされ、変化することに着目すべきだという。運転手を雇わず、スマートフォン・アプリによって固定費を各段に下げたウーバーが、世界各地で既存のタクシー業界を代替しようとしているのは、その代表例である。新しい思考・行動ができなければ、革新の波に乗り遅れてしまう。


サンジェイ・サルマMIT教授(右)

同教授によると、ミレニアル世代(25歳から35歳)に革新的な傾向があり、世界各国でIoTの大きな推進力になっている。「外国語の習得は13歳までが望ましい、といわれる。IoTも同じで、上の世代は、過去の知識や経験が邪魔をしてしまい、IoTという言葉で『再思考』することが難しくなる。そのため、IoTに対して抵抗が強くなる。日本では、45歳以上の世代が政策決定の実権を握っている点が、変革のスピードを弱めている。」(同教授)

シリコンバレーでもボストンでも、スタートアップは20~30代が中心だ。IoTのエコシステムでは、単に新たな企業を生み出すということではなく、新たな発想をもたらす「若い力」をいかに引き出すか、そして彼らをいかに支えるか、が問われている。

MITのほど近くに、ハードウェアのスタートアップ企業を支援するドラゴン・イノベーションがある。ロボット掃除機・ルンバ(iRobot社)の開発者らが創設した。ソフトウェアのスタートアップなら製品化と開発が同時に進められるが、ハードウェアではそうはいかない。また、プロトタイピング(試作)の段階が難しいと思われがちだが、実際は、量産化で壁にぶつかるケースが多い。同社では、それを専門の技術スタッフが支える。

ボストンは、さながら不夜城。MITの研究施設は明かりがこうこうと灯り、ドラゴン・インベーションのラボでも、夜も週末もプロトタイピングができる体制になっている。情熱を持って起業するのだから、とことんやりぬくのが当然、という熱い現場である。それをサルマ教授やiRobotの成功者が見守る。若者をその気にさせる仕組みが成り立っていた。


 
国際IT財団 http://www.ifit.or.jp

(初出:『生産性新聞』2016.7.15, 2501号)

2016年7月5日火曜日

SF/SV, Boston and NY (2)

プラグアンドプレイ・テックセンター

「アクセラレーション・プログラム」



 プラグアンドプレイ・テックセンター(PNP、シリコンバレー)が力を入れているのが、スタートアップ企業の成長支援プログラム「アクセラレーション」である。

 スタートアップへのオフィス賃貸業からスタートしたPNPは、その後、自らスタートアップに投資するようになった。しかし、投資するだけでは、有望な企業であっても成功するとは限らない。そこで、技術アドバイス、事業方針・計画など経営相談対応、大企業や投資家とのマッチング機会などを1つのパッケージとして提供し、成長を加速する支援をはじめた。

 このような取り組みは、他のインキュベーション施設やベンチャーキャピタル、銀行などでも行われているが、PNPの強みは大企業とのマッチング機会の多さにある。スタートアップ企業400社が常時利用するPNPには、新しい技術を求めて日米欧の大企業が日々足を運ぶ。PNPは、毎日数回「ミートアップ」と呼ばれる場をつくり、スタートアップが大企業に技術を売り込む機会を提供している。ただし、全てのスタートアップがこれに参加できるわけではない。800社の申込のうち、エントリーできるのはわずか20社に過ぎない。専門スタッフによりきちんと選抜されていることが大企業にもPNPが支持される理由となっている。

 アクセラレーション・プログラムは、テーマ毎に複数の大企業がスポンサーとなり運営されている。現在、人気のテーマはフィンテックである。ドイツ銀行など世界から18機関と最も多くのスポンサーを集めており、日本からも三菱東京UFJや三井住友銀行などが参加している。

 フィンテックのスタートアップの例を紹介しよう。アクセラレーション・プログラム卒業後にPNPから投資を受けた最初のケースとなった「ファクトム」は、ビットコインの基盤技術であるブロックチェーンを使い、貸付記録、証券、保険、医療などあらゆる記録を分散的に管理するシステムを開発した。中国の不動産市場など、信用取引のインフラが未整備な市場でのビジネス展開を目指している。

 
ファクトム・ローレンスCMO
 
  現在プログラムに参加中の「ウィーアクツ」は、スマートフォンによる生体認証と位置情報とを組み合わせた本人確認により、パスワードを用いずに様々なアプリケーションにアクセスできる技術を開発し、世界各国の企業と実証実験を行っている。日本企業も関心を示しており、日本向けカスタマイズも検討しているという。

 フィンテックのプログラムを運営するのは、ディレクターのロビンソン氏32歳を筆頭に、平均年齢26~7歳の若いスタッフたちだ。起業の最前線で経験を積みながら目利き能力を鍛えた若い力が、シリコンバレーのエコシステムを支えている。


国際IT財団 http://www.ifit.or.jp

(初出:『生産性新聞』2016.7.5, 2500号)

2016年6月20日月曜日

SF/SV, Boston and NY (1)


ベンチャー投資額6兆円のアメリカの現状


 アメリカの一人あたりGDP水準は、主要先進国中トップを走り続けている。日本は、1990年代初頭にはアメリカの8割の水準を越えていたが、その後、差が開き続け、2014年にはアメリカの三分の二まで落ち込んでいる。フォーチュン500(グローバル・トップ企業ランキング)でも、100位以内に入る日本企業は37社(1995年)から7社に激減している。アメリカでは、セールスフォース・ドットコムなど、1990年代以降創業の新興企業が複数ランクインしているが、日本企業はゼロである。

 ベンチャー白書2015によれば、アメリカのベンチャービジネスへの投資額は493億ドル(6兆円)で、過去最高水準となっている。日本は1,200億円であるから、50倍の規模である。投資件数は4千件超で(日本は1千件)、単純計算で一件当り10億円超の規模である。未上場ベンチャーで、企業価値10億ドル超の企業を「ユニコーン」と呼ぶが、アメリカには50社存在するといわれる。筆頭は、配車アプリで世界中を席巻しているウーバー(企業価値510億ドル)や、空き部屋仲介を行うエア・ビー・アンド・ビー(同255億ドル)である。日本とアメリカの新興企業の動きは、桁違いの様相を呈している。

 国際IT財団では、2016年3月にアメリカのサンフランシスコ・シリコンバレー、ボストン、ニューヨークを訪れ、世界をリードする新産業創出の現場を調査した。シリコンバレーでは、ITに自信のある若者を世界各国から集め、様々なビジネスを発信している。ニューヨークでは、既存の金融産業等との連携のなかで、ITを活用するベンチャー(いわゆるフィンテック企業)が台頭してきている。ボストンでは、MITの人的ネットワークを背景に、IoTによるハードウェア産業が起きつつある。

 シリコンバレーでは、インキュベーション施設の草分け「プラグアンドプレイ・テックセンター」を訪れた。同センターはグーグルを輩出したことで有名である。サンフランシスコの郊外、シリコンバレーの中心サニーベールにある同センターに入ると、入居企業の国籍と思われる万国旗に迎えられる。最先端のインキュベーション施設ということで、新しく、無機質な白を基調としたオフィスが想像されがちだが、実際の施設は元フィリップス・セミコンダクターの社屋を使ったもので、とても温かみがあり、ほっとする雰囲気がある。



プラグアンドプレイ・テックセンター (シリコンバレー)
 
 同センターでは、アルゼンチン、コロンビア、イラン、インドなど世界中から集まった若い起業家達と話ができた。当然にグローバル展開を考えている彼らが集う様子は、アメリカというより、世界への玄関口のように思えた。そこにはイノベーションへの明確な意志があり、同センターのスタッフが受け止め、彼らの成長を支えていた。次回は、同センターの具体的な取組みを紹介する。
国際IT財団 http://www.ifit.or.jp
(初出:『生産性新聞』2016.6.15, 2498号)